帰宅したら、飼い猫がじっと黙ってクッションに座っていた。
いつもは玄関まで迎えに来てくれるのに、やけに大人しいなと思ったが放っておいた。
しかし、いつまで経っても動かないので、具合でも悪いんじゃないかと心配になり、
身体を見せてもらおうとしても頑として動かない。
思い切って抱き上げてみようとしても、踏ん張って素直に抱かれない。
無理矢理抱き上げたら嫌がって暴れ、猫の足がクッションに当たってクッションがずれて、
その下から首と胴がちぎれたぬいぐるみが出て来た。

それは猫のオモチャだから壊しても別に構わないのに、
猫は「うわぁぁ見つかった怒られる」という顔でションボリ。
ぬいぐるみを縫って直してやると、
いつもは咥えて振り回してぶん投げたり抱き付いて連続後ろ足蹴り入れたりするくせに、
ゴロニャンゴロニャン言いながらぬいぐるみに頬擦りして寝床に持っていって、今添い寝してる。
子猫の時からお気に入りのオモチャだし、なんだかんだで大事にしてたんだなーとなごんだ。
186 名前: サバトラ(岐阜県)[] 投稿日:2013/01/05(土) 00:38:14.07 ID:HDd0vWqm0
最近とんでもなく驚いたのは、テレビの競馬中継で発走ゲートが開く「ガチャッ」って音はテレビ局が後付けしてる音らしい
その後の「ドドドドドドド」っていう馬の足音も後付けしてる


205 名前: サーバル(北海道)[sage] 投稿日:2013/01/05(土) 01:08:27.60 ID:7VlMVxi20
»186
そんなまさか


206 名前:マンチカン(静岡県)[sage] 投稿日:2013/01/05(土) 01:11:26.27 ID:uqPiDJxR0
»205
本当だぞ

父は毎日のようにパチンコに通っていた。


僕の父はDQNだった。


父はギャンブルを好み、酒を、タバコを愛していた。

競艇を、オートレースを愛していた。

僕は小学校の頃に父から麻雀や花札を教わった。


父の商業高校時代のアルバムを見ると

バイクにとんでもない乗り方をしている写真があった。


母から、父親がバイクで突っ込んだ交差点の家を教えられるのが嫌だった。


母から、父親の喧嘩の武勇伝を聞かされるのが嫌だった。


僕の小学校の授業参観のとき

父は廊下から教室に向かってピースをしてきた。

僕は恥ずかしくて嫌だったけど

父は小学校の友達の間で人気があった。



僕はDQNではない。


だが、DQNは強い優性遺伝傾向があると聞く。

自覚症状が無いだけなのかもしれない。

そのうち発症して

夜な夜なドンキホーテを徘徊するようになるのかもしれない。


僕はそこそこ真面目だった。


僕はそこそこ真面目に勉強し

そこそこ真面目な学生生活を経て

こうしてそこそこ真面目なブログを書いている。


僕と父は、あまりにも違いすぎていて

時には血のつながりすら疑うこともあった。



僕が大きな交通事故にあったとき

父は500km離れた実家から車で駆けつけてくれた。


その1ヶ月後、父は倒れた。


僕の交通事故での心労や、急な長距離運転が祟ったのか。

僕は改めて、自分の交通事故を悔いた。


僕が交通事故で全治1ヶ月の重傷を負った年には

奇しくも母も大病を煩っており

家族全員、全身麻酔で体にメスが入った年となった。

僕の家族は誰も保険に入れない期間があり

保険機関からも目を付けられそうにになった。

同年に愛犬も亡くなっており

我が家ではこの年を

『スーパー大殺界』

と呼んでいる。



父はクモ膜下出血だった。


父の手術前、病院には親戚一同が集められた。


父が助かる見込みは五分五分。

仮に、運良く生き残ったとしても

重い障害や麻痺、意識障害が残るだろうと

医師より聞かされた。


手術台に寝かされ

人工呼吸器を付けられ

ゆっくりと手術室へと運ばれていく父。


そのときの父には

まだ意識があった。


僕は

何故か

手術室に入っていく父に向かって

ピースサインを送った。


父も

僕にピースサインを返してくれた。


親戚の方々には

『何て不謹慎な』

と思われたかもしれない。


かまわなかった。


僕は

父と繋がれたような気がした。



クモ膜下出血は最初の出血で1/3が死亡する。

さらに血管攣縮や再出血の影響が加わり

4週間以内では約半数が

10年以内では60~80%が死亡すると言われている。

また救命できても後遺症が残る例が多く

完全に治癒する確率はクモ膜下出血を起こした人の中で2割と低い。


Wikipedia クモ膜下出血 より



父はギャンブラー。

麗しのギャンブラー。


父はあっさりと2割の方を引いてきた。


父は手術後、元気に退院し

その後、特に後遺症もなく

今朝も元気にパチンコのモーニングに並んでいる。


そして父の武勇伝に

『頭蓋骨に穴を空けた話』

が加わった。


親愛なる父へ - はじめに閲覧されるべきもの (via readme1st)

この話から学ばなきゃいけないことが、
私にはあると思う。

(via a4copy)

(via tayu-tau)

8 months ago
841 notes

253:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/10(日) 13:08:33.45 ID:vBrVmkmF0
359 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:2006/05/01(月) 23:28:00
私は今日車を買い換えることを子供たちに伝えた。
主人が結婚する前に、私をくどくために買ったマーチだった。

私を射とめ結婚しそれから6年間乗ったのだから
もうそろそろ新しい車が欲しいね、と彼は言った。

わたしも別段反対することもなく、
子供たちにも普通の会話のつもりで話した。
そこで話は終わるはずだった。

子供たちの反応は私たち夫婦のとは異なり、
今にも泣き出さんばかりであった。

「こわれちゃったの?」「もうあえないの?」

確かに普段から、ものにも心があるのだ、
だからものを粗末にしてはならないのだ、と教えてはいたが、
彼らがマーチに対してこれほど思いを抱いていたとは知らなかった。

私たち夫婦は彼らの優しさに心を打たれ、
それをほほえましくまた誇りにさえ思ったが、
実際今度生まれる三人目の子供のことを考えると、
今の車では小さすぎるのだ。

だから私たちは彼らが傷つかないように根気よく彼らを説得した。
その夜わたしはかれらがいつまでもその心を持ち続けることを願って床についた


256:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/10(日) 13:11:12.77 ID:vBrVmkmF0
360 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:2006/05/01(月) 23:28:49
納車される前の日に、上の子が手紙を持って私の前に座った。
別れゆくマーチのために手紙を書いたのだった。

「マーチへ。
いままで いろんなところに つれてってくれて ありがとう。これからも げんきでね。」

文字の書けない下の子はマーチの絵を
上の子の手紙の挿絵として書き加えていた。
マーチは自動車販売店に下取りされることが決まっていた。

そこのお店の人の迷惑になるかもしれないと思いつつ、息子たちの手紙をマーチに忍ばせ、わたしたちはマーチを見送った。
それから新しい車が来て、私たち家族は久しぶりに少し遠くまで出かけた。


257:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/10(日) 13:12:47.88 ID:vBrVmkmF0
361 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:2006/05/01(月) 23:29:27
それから9ヶ月がたったころ、マーチから息子たちへ手紙が届いた。
「あつし ゆうき へ げんきにしてるかな? ぼくは げんきです。
あつし と ゆうき と わかれたあと、ぼくは あたらしいかぞくに であいました。
 おとうさん と おかあさん と けんたくん の さんにんかぞくです。
けんたくんは まだまだ ちいさくて あまえんぼうさん です。
おおきく なったら けんたくんも あつし や ゆうき の ようにやさしいこに なってほしいな。
いつまでも げんきでね。 
                        マーチ」

かわりに読んでいたわたしは、途中で主人に代わってくれといい、
彼もあと少しで涙するところだった。

上の子は、まだたくさん泣いていい年頃なのに泣くのを必死にこらえている。

「悲しくないのにね、何で泣いちゃうんだろうね。」

一生懸命笑おうとしておかしな顔になっている息子を見て、
わたしたちも泣きながら笑った。

saabsage:


I want one

saabsage:

I want one

(Source: ummalex, via wdlabo)

8 months ago
352 notes

xhotxbradx:

fameandspear:

Jay’s Zukas Cycles CX

I first caught eye of Jay’s Zukas CX at the first two rounds of the NCXS this year. When I saw him again at the Sydney rounds, at the end of the first day with his bike with accents of mud and a glorious setting sunlight quickly fading, I knew I had to take some shots.

This thing is off the chain! The worksmanship on the frame itself is at level 11. So many nice little details (the mesh behind the ‘Z’ cutout in BB shell being my favourite, so rad!) and then Jay’s gone and finished it off perfectly with Enve cockpit and seatpost, Rotor cranks and custom painted Sram Red/Force grouppo to match.

There’s a few other shots over at my Flickr you should check out. This thing is definitely one of my favourite bikes that I’ve shot.

such a nice looking bike

(via hm7)

8 months ago
104 notes